キノイド分子は、共役構造に基づく電子受容体として作用し、生物の電子移動補酵素として、或いは化学原料として知られている。
例えば、ユビキノン(英: ubiquinone, 略号:UQ)は、ミトコンドリア内膜や原核生物の細胞膜に存在する電子伝達体の1つであり、電子伝達系において呼吸鎖複合体IとIIIの電子の仲介を果たしている。
酸化還元電位 (Eo') +0.10Vのベンゾキノン(キノン)誘導体であり、広義には電子伝達体としての意味合いを持つが、狭義には酸化型のユビキノンのことをさす。
還元型のユビキノンはユビキノール、補酵素Q、コエンザイムQ10(キューテン)、CoQ10、ビタミンQと呼ばれ、ヒト体内で合成することができる。
このようなキノイド分子は生物の重要な電子伝達補酵素であると同時に、電子移動媒体として産業的活用が期待され、特に地球規模のエネルギー問題を解決するためのエネルギー変換酵素、太陽光発電(光触媒)、電子移動触媒の有望なシーズと考えられている。
我々は、キノイド系分子であるHydroquinone(H2Q)とSuperoxide(O2•−)との間の協奏的PCET反応(プロトンと電子が同時に協奏的に移動する反応)は、飛躍的に効率のよい電子移動を実現することを明らかとしてきた。
その中で、産業的活用のためにはキノイド分子の耐用性(化学的安定性)が重要な問題点であることを認識してきた。
これは、H2QとQの酸化還元平衡における中間体セキミノンラジカル(HQ•−、Q•−)が、高い電子密度のため外部から求核攻撃を受けやすく分解性が高いためである。
この分解性を回避するには、アセトニトリルやDMSO、DMF等の非プロトン性溶媒(非水溶媒)を反応媒体とすることが有効であり、電気化学分野の研究では、非水電気化学測定を用いて中間体ラジカルを介した反応を観測できる。
しかしながら、これら非水溶媒中においてもキノン中間体ラジカルの分解は観測され、その分解反応は、溶媒などの媒体によらずラジカルの二量体化であることが報告されている(J,Phys.Chem.C, 116, 14454-14460, 2012)。
この報告によると、二量体化はキノン分子のα位水素の引き抜きを介して進行するため、PCET反応においてプロトンと電子の移動元となるカルボニル酸素とは無関係である。
この事実に基づき、本研究では、PCET反応に預かるキノイド分子のα位に、安定化のための置換基を配し、二量体化等の副反応を防ぐ分子を創製する。
このデザインされたキノイド分子を用い、効率的な電子移動触媒としての活用を目指す。
また当研究と関連して、酸素とキノイド分子のPCET反応を介した量子トンネル効果を活用し、以下の実現を目指しています。
- 置換基の誘起効果はProton-coupled electron transferを促進するのか?抑制するのか?
- 中間体ラジカルの分解を防いだキノイド分子の創製
- 酸素の量子トンネルを使いエネルギーを効率的に取り出す
過去の関連文献
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