~プロトン電子共役移動反応を効率化する置換基効果の解明~

地球規模のエネルギー問題の解決と地球温暖化の抑制において、エネルギーの貯蔵および変換の高効率化は極めて重要な課題です。このため、太陽電池、代替エネルギー、光触媒をはじめとする広範な分野で、効率的な電子移動を実現するための研究が精力的に進められています。なかでも、光合成の中心反応に関与するユビキノンに代表されるような、好気性生物の電子移動を模倣した反応は、持続可能で高効率なエネルギー変換機構として大きな注目を集めています。

当研究室では、生体のエネルギー変換反応の中核を担うプロトン電子共役移動(proton-coupled electron transfer: PCET)反応に着目し(Fig.1)、特に2つのプロトンと1つの電子が協奏的に移動するconcerted 2PCET反応における置換基の効果と、その効率化に寄与する要因の解明に取り組んでいます。

Figure 1. Six diabatic electronic states for PCET between O2•− and H2Qs involving one ET and two PTs

好気性生物は、呼吸によって取り込んだ酸素分子を利用し、効率的なエネルギー生成を行うことで、進化の過程において大きな飛躍を遂げてきました。生体内の電子伝達系では、食物を燃焼させることなく、酸素を使って代謝し、PCET反応を通じて利用可能な化学エネルギーへと変換しています。この過程では、エネルギー障壁の存在する反応経路において、量子トンネル効果(トンネル分岐)を活用することで、エネルギー損失を最小限に抑え、高効率な変換が実現されています。すなわち、生物のように酸素分子に対する量子トンネル効果を積極的に活用し、PCET反応を制御・効率化する技術が確立されれば、エネルギー産業全体における技術革新へとつながる可能性があります。

これまで、エネルギー変換分野においてPCET反応の応用が期待されてきたにもかかわらず、PCET反応における基本的な効率化要因、特に置換基の電子誘起効果(electronic inductive effect: I効果)すら十分に解明されていませんでした(Fig.2)。たとえば、電子供与性のメチル基(CH3)は、電子ドナーの電荷密度を高めることで電子移動(ET)を促進する一方で、プロトン移動(PT)を抑制する効果(+I効果)を示します。逆に、電子吸引性を有するクロル基(Cl)は、ETを抑制し、PTを促進する(−I効果)という、正反対の影響を与えます。このように、I効果はETとPTに対して相反する作用を及ぼすため、PCET反応に対する単純な置換基効果の予測は困難であり、これを「水平化効果(leveling effect)」と呼ぶことができます。したがって、PCET反応を高効率で制御するには、単一の物性パラメータだけでなく、反応経路全体の電子・プロトン協奏性を包括的に理解する必要があります。

Figure 2. Scheme of proton-coupled electron tranfer between substituted hydroquinones and superoxide

当研究室では、酸素化学種と置換ヒドロキノン類(メチル基およびクロル基を最大4か所置換)との反応を系統的に解析し、PCET反応に対する置換基効果と反応機構との関係を、量子化学的および電気化学的な両面から明らかにしました。これにより、PCET反応を置換基により制御・効率化するための基礎的知見が得られました。特に、著者らの報告は、酸素化学種とヒドロキノン誘導体との間のPCET反応が、金属や酵素タンパク質といった触媒を介さず、電子ドナー分子上の置換基の電子的効果のみで促進できることを示しています。

この成果は、バイオマスなどの生物資源を用いた人工的エネルギー変換プロセスの効率化に資する可能性を持ちます。また、本反応により生成される過酸化水素は、電気エネルギーへと変換可能な次世代のエネルギー貯蔵キャリア(燃料電池)としても注目されています。従来の過酸化水素を用いた多段階反応による高エネルギー消費型プロセスに比べ、本研究で示された酸素にわずかな電気的刺激を加える(O2 +e→O2•−)だけでスーパーオキサイドを生成させる省エネルギー型の触媒反応は、革新的な過酸化水素製造法といえます。

このようなPCET反応機構に基づく手法は、バイオマスから過酸化水素、さらには電気エネルギーへの効率的な変換プロセスの構築に貢献し、将来的な社会実装における基盤技術となることが期待されます。

本研究成果のポイント

  • プロトンと電子が協奏的に移動する経路(concerted 2PCET)が、効率的な電子移動を具現化している。
  • 置換基の効果により、PCET反応を制御・促進することが可能である。
  • PCET反応を利用したエネルギー変換技術を社会に実装できる可能性が高くなった。

過去の関連文献

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  • Electrochemical and Mechanistic Study of Superoxide Scavenging by Pyrogallol in N,N-Dimethylformamide through Proton-Coupled Electron Transfer
    • Electrochem, 2022, 3, 1, 115-128
    • Tatsushi Nakayama, Ryo Honda, Kazuo Kuwata, Shigeyuki Usui, Bunji Uno(中山辰史、本田諒、桑田一夫、臼井茂之、宇野文二)
    • https://doi.org/10.3390/electrochem3010008
  • Concerted two-proton–coupled electron transfer from catechols to superoxide via hydrogen bonds
  • Importance of Proton-Coupled Electron Transfer from Natural Phenolic Compounds in Superoxide Scavenging
  • Structural Properties of 4-Substituted Phenols Capable of Proton-Coupled Electron Transfer to Superoxide
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