~二つのσ軌道プロトンがπ電子移動を制御するトンネル効果~

還元型ナフトキノン(NQ)誘導体は、フェノール系抗酸化物質やビタミンK類など、多くの天然物に含まれる活性酸素消去物質であり、心臓保護、抗虚血、肝臓保護、神経保護、抗菌、抗真菌、抗ウイルス、および抗腫瘍性といった様々な健康上の利点が知られています。同時に、生体に対する有害な効果も報告されており、消去ではなく、活性酸素を生成して細胞毒性を引き起こす可能性が議論されてきました。このNQ誘導体による活性酸素の生成は、lapachol、juglone、menadione(ラパコール、ジュグロン、メナジオン)等の各種抗がん剤の薬効原理として、潜在的な研究上の重要性が注目されてきました。活性酸素の生成による抗腫瘍活性には、がん細胞DNAの損傷、トポイソメラーゼIIの阻害、腫瘍抑制因子p53の調節、DNAへのインターカレーション、および小胞体ストレスによるアポトーシスの誘導が関係する可能性が報告されていますが、現在は、がん細胞DNA層へインターカレーションされたNQ誘導体が酸素より活性酸素種を生成し、がん細胞の内部から活性酸素種によるがん細胞の酸化・分解を行う抗腫瘍機構が有力だと考えられています。しかしながら、活性酸素の生成と消去のどちらが起こるのか、どのようなNQ誘導体ががん細胞内で活性酸素を生成できるのか、といった活性酸素の生成と消去に関する化学反応機構と構造―活性相関が不明なままであり、NQ誘導体を利用した抗がん剤開発の障害となっています。

そこで本研究では、還元型NQ誘導体である1,n-dihydroxynaphthaleneと活性酸素(スーパーオキサイド、ヒドロペルオキシラジカル)との電子移動について、実験(電気化学・電気分光学)と理論(量子化学計算・密度汎関数)の両面から機構的に解析し、NQ上の二つのσ軌道プロトンがπ軌道上の電子を協奏的に運ぶ反応メカニズム“two-proton-coupled electron transfer(2PCET)”が、トンネル効果を介したエネルギー効率の良い活性酸素消去を可能にするメカニズムであることを明らかとしました。また酸素暴露下では、2PCET反応の生成物ラジカルからの後続電子移動により新たにスーパーオキサイドを生成する様子を観測し、結果として還元型NQ誘導体が活性酸素種を『消去し、生成する』ための、エネルギー境界線上の重要な触媒機能を実現する化合物である可能性が示唆されました(Figure 1)。

Figure 1. NQ誘導体によるスーパーオキサイド消去と生成

今回、著者らが解析した2PCET反応は、古くから研究されてきたスーパーオキサイド消去メカニズムの中で、単独の電子移動(single electron transfer)、水素原子移動(hydrogen atom transfer)、SOD活性(スーパーオキサイド不均化反応)、連続的プロトンロス電子移動(sequential-proton-loss electron transfer)のいずれよりもエネルギー効率がよく、プロトン電子共役移動反応(proton-coupled electron transfer: PCET)の一種に分類されます。当機構では、σ軌道上の二つのプロトンとπ軌道上の電子が協奏的に移動することで進行します(Figure 2)。

Figure 2. 2PCETの(a)エネルギー反応座標と(b)プロトン移動・π電子移動の反応座標

この協奏的な2PCETでは、NQのA環のπ電子雲が機能することで、単純な置換基の電子誘起効果では実現できないプロトン移動と電子移動の同時(協奏的)促進を可能としています。さらに、B環の電荷分布が水素結合錯体クラスター内のラジカルを安定化し、後続する電子移動(ET)によるスーパーオキサイド生成を具現化しています。当機構の反応を発展させることで、がん細胞内で特異的に活性酸素種を生成するような電子移動制御が可能になると見込まれ、将来的な抗腫瘍薬の開発に貢献することが期待されます。

本研究は、岐阜医療科学大学の宇野文二先生(前 本学分析化学研究室教授)との協力体制の基、多くの皆様にサポート頂きましたことを心より感謝申し上げます。

論文情報

雑誌名:Electrochimica Acta
論文名:Reactivities of 1,2-, 1,3-, and 1,4-dihydroxynaphthalenes toward electrogenerated superoxide in N,N-dimethylformamide through proton-coupled electron transfer
著者:Tatsushi Nakayama*, and Bunji Uno
DOI番号:doi.org/10.1016/j.electacta.2022.141467

本研究成果のポイント
  • ナフトキノン類の活性酸素消去と生成の連続的機構を明らかとした。
  • 当反応機構を介した新規抗腫瘍薬の開発が期待される。
  • ナフトキノン類が酸素エネルギーの効率的な利用のための電子移動触媒

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